建物のご案内(吉田五十八・大江匡 設計)
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建物のご案内(吉田五十八・大江匡 設計)

山口蓬春記念館は、山口蓬春が昭和23年(1948)から亡くなる昭和46年(1971)までを過ごした邸宅であり、既存の木造2階建て家屋を自邸として購入後に画室をはじめとした増改築を建築家・吉田五十八(よしだ・いそや/1894-1974)が手がけました。

蓬春が戦前に住んでいた東京・世田谷の自宅は、友人で東京美術学校(現・東京藝術大学)の同窓である吉田五十八が設計したものでした。しかし疎開のため蓬春は、この邸宅を手放さざるを得なくなり、終戦後、再び買い戻そうとしましたがかなわず、実業家・山﨑種二氏(現・山種美術館創設者)の厚意により、葉山・堀内の別荘に仮住まいをします。そしてこれが葉山・一色の山口蓬春邸(現・山口蓬春記念館)という終の棲家を見つけるきっかけとなりました。

現在の建物は、その構造から昭和初期に建てられたと考えられ、戦時中には「会社の寮」として使用されていたといわれています。蓬春は、昭和23年(1948)に五十八の助言もあり、当時売りに出されていたこの建物をドイツ製カメラ「ライカ」一式を売却することで手に入れました。その後も五十八によって増改築が行われ、昭和28年(1953)の画室の増築のほか、昭和32年(1957)の母屋の一部増改築などが行われています。

また、昭和35年(1960)には岩城造園によって庭が造園され、その後は、春子夫人の丹念な手入れにより蓬春の目を楽しませ、時にはそれらの植物が作品のモティーフに取り入れられるような端整な庭となっていきました。

こうして山口蓬春邸は美しく整えられていき、蓬春の日本芸術院会員、文化勲章受章といった画壇での華々しい活躍を支え、また多くの文化人等が訪れる賑やかな場所となっていきました。

蓬春亡き後、その画業や生涯を偲ぶ上でかけがえのない山口蓬春邸は、春子夫人によって守られてきましたが、その意志は当財団によって受け継がれ、建築家・大江匡(おおえ・ただす/1954-)氏の改築により従来の木造建築を活かしつつ近代性を兼ね備えた山口蓬春記念館として生まれ変わりました。当館は、日本画家・山口蓬春と2人の建築家の感性が世代を超えて融合した場所でもあるのです。

山口蓬春記念館 平面図 平成2年(1990)

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建築概要


所在地 神奈川県三浦郡葉山町一色2320
主要用途 住宅、記念館
階数 地上2階
敷地面積 2,193.21㎡
建築面積 173.74㎡(改築部分・建蔽率14.62%)
延床面積 194.14㎡(改築部分・容積率16.66%)
1階 320.72㎡
2階 44.72㎡
構造 木造
設計 大江匡/PLANTEC
施工 水澤工務店
構造 アルファ構造デザイン事務所
造園 岩城造園
工期 着工 平成3年(1991)1月16日
竣工 平成3年(1991)7月31日

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